よろしゅうに
初日にコレをやったらおもしろかったんだけどねえ。
「可愛いでしょう。とても人なつっこいんですよ〜」
と、得意げに店員が話しかけてくる。
確かに可愛い。まるまるとして、ぬいぐるみみたいだ。
だが、私の本音は、
「どんなに可愛くても、あなた達、店側からすれば、商品価値のないいらない子なんでしょう?」
という言葉がぐるぐる回っていました。
内心、まずいなあと、思いつつ・・・。
私は、どういう訳だか、いらない子という言葉に敏感だった。自分自身、「いらない子」だったからかもしれない。でも、どう思われようとも、ここに生きているのである。生き物の存在価値を無しという考えは、嫌だった。どんな生き物でも、生きたいのである。
・・・・話を茶々丸に戻そう。
「0円だってさ」
「ホーランドか・・・もう、大人だな」
旦那もその値札には気付いていたようだった。だが、家で生き物の世話は、出張しがちで、普段も在宅時間が極端に短い旦那では不可能に近く、必然的に妻の仕事になる。ただでさえ、幼児がおり、うさぎもすでに一匹がおり、魚もいる。
世話が出来ない(責任取れない)人間がとやかく言うべきではないと、黙っていたようだった。(賢明だね)
引き取り手になりやすいと見られたのか、店員がお姉ちゃんに話しかける。
「可愛いでしょう〜だっこも出来るよ。したい?」
「うん!!」
当然、喜ぶ娘。落としたときの危険性を考え、他の客の邪魔にならない隅の狭い床に座らせ、その膝の上に載せてやる。
見知らぬヒトで怯えているのか、ウサギはまるいまま、おとなしく膝の上に載っている。一応扱いを仕込まれているから、嫌がらない程度で、その背中をゆっくりと撫でるお姉ちゃん。
くぅは、気が荒く、ナデナデさえ拒むウサギだから、お姉ちゃんは、大満足だった。
目を離さないまま、私が店員に尋ねる。
「何故、0円なの? 問題って?」
「この子、前歯が不正咬合なんです。定期的に医者に通わなければ、いけないんです」
一応、それなりに本とかを読んでいたから、知識はあった。
「歯だけ?」
「はい。他は問題ありません」
私の知識の中では、医者の定期的な処置が必要ではあったが、あれは、病気とは思えなかった。
つまり、爪切りと同じ感覚だったのだ。
そこへ、店員のひと言。
「ペットの医者通いを嫌がる人は多いですから。お金もかかりますし。治る見込みもない病気ですからね」
これには、かちんと来た。そう言うことを言う人間に対してである。
動物を飼う以上、えさ代、医者代は覚悟すべき必要経費だ。人間だってそうではないか。そんな馬鹿なことを言う人間は、ペットを飼う資格がない。
「ここで、健康でも、病気になる可能性なんて、どの動物でも一緒でしょう? お金だって、最近はペット健康保険だってあるし・・・」
「それは、そうですが。お客様のような人とは限らないんですよ」
まあ、そうだろう。人と違う珍しい物をペットにしたいという理由で、100万以上の魚を買うヒトもいるぐらいだから。
「この値段表示はいつまで?」
「あと、2日です」
そこで、とうとう、私は最後の質問を放った。
「で、引き取り手がいないと、この子はどうなりますか」
「・・・・・・・・・・・・・その・・・」
口ごもる店員に、だめ押しをした。
「いなくなるんですね」
「ええ・・・まあ・・・」
それで、はっきりした。この子は、正月明けになると処分される。保健所が営業開始するまでの命なんだと。
それまで店員の態度を不安げに見ていたお姉ちゃんが、言葉の意味をおぼろげに悟ったようだった。
「いなくなるの?」
「そうだよ」
そう言うことに、私は容赦がない。たとえ5才のお姉ちゃん相手でも、平然と現実を口にする。
雰囲気で察したのだろう。とたんに、しゅんとなった。俯き、目をごしごしとこすっている。・・・・泣いている。
「もう、いいでしょう。そのうさぎさん。ケージに戻してあげて」
いやいやと、首を横に振る。離したら、最後だと思ったのだ。それは、正解である。
寝ていたウサギが、起きあがり、お姉ちゃんお顔を見上げたあと、膝からおりようとする。
「駄目〜!!」
大きな声で叫び、捕まえようとするが、そこをすり抜け、お姉ちゃんの背中に廻る。
ウサギも雰囲気を察したのだろうか。
「とりあえず、中に入れてあげて。そのあとで」
有無も言わさぬ口調に、諦めたのか、渋々動くお姉ちゃん。
店員は、たやすくウサギをケージに戻すと、この家族は無理だと思ったのか仕事に戻っていった。
少し離れたところにいた旦那がそばに来た。娘の様子がおかしいことに気付いたのだ。
「どうした?」
先ほどまでの会話をかいつまんで話し、最後にひと言。
「正月明けに処分だそうだ」
「だろうな」
「どうする?」
「任せる。面倒を見るのはお前だ」
「あれ(娘)の覚悟次第」
可哀想だからと言って、たやすく了解を与えたら、この後、どれだけの動物がウチにやってくる羽目になるか。
ケージにしがみつき、うさぎに話しかけるお姉ちゃんに、旦那は静かに聞いた。
「どうする? うちには、くぅがいる」
「・・・・・・うん」
「母さんがいいと言ったら、父さんはかまわん。だが、もう一匹いるんだぞ」
「・・・・・・」
「病気だと。医者に通わなければイケナイ。それでもいいのか?」
「・・・・・・」
黙って、俯いていたお姉ちゃんが、顔を上げた。顔はもう、涙でぐちゃぐちゃだった。
旦那のズボンに縋り付き、何かを言っている。聞こえないので、旦那が尋ねると、
「もう、しぃちゃんのおやついらない。ジュースもいらない。お年玉で病院連れて行くから。だから、お家に連れて行きたい」
それだけを、鼻水垂らしながら、つっかえつっかえ言う。
こういう事になるのは、解っていたが、まあ、そう言うぐらい覚悟しているのなら、よしとしよう。だったら、ねだるだけ、ねだろう。少なくとも、試供品の餌1パックぐらいは付けてくれるだろう。
「店員さんに、このうさぎさんくださいと、いってきなさい」
私の言葉に、お姉ちゃんの顔が輝く。喜んで走り、大きな声で叫ぶ娘の声を聞きながら、私はぼそっと呟いた。
「ケージ、買わなくては」
それを聞いた旦那のひと言
「こうなるのは解っていた」
結局、交渉の結果、不良品のケージ(すのこがない、金網と底の固定金物が片方ない)を一つもらい、せめてものサービスと、爪切りとグルーミングをして貰ったウサギを引き取り、家に帰ったのだった。
それが、茶々丸との出会いだった。